田中とも子STORY

狛江市は、東京都の多摩地域東部にある、人口82,617人、面積6.39平方キロメートル。市役所を中心とした半径約2キロの円内にすっぽり収まる小さな市です。(2018年4月現在データ)
市の南端には多摩川が、北端には野川が流れます。
1974年に起きた台風16号による多摩川決壊で、民家が濁流に押し流される衝撃の光景がテレビで放送されました。これが狛江市の民家19戸だったということで、「狛江水害」とも呼ばれています。
このように川に囲まれた狛江市では防災が大変重要で、今回の狛江市長選に立候補した田中とも子候補は、「災害死ゼロの狛江に」を政策の柱に掲げています。
そんな田中候補に、幼少時代からのお話や学生時代のSTORYを伺い、さらに、どんな狛江市にしたいかを語ってもらいました。(聞き手・杉江真紀/撮影・長島可純)

農家に生まれて

私は山形県の飽海郡松山町(現在の酒田市)で3姉妹の末っ子として生まれました。庄内平野の最上川のすぐ近くです。
家が農家だったので、両親ともに一日中働いていました。私が物心ついた頃、3~4歳だったかと思いますが、朝起きたら母親がいなくて玄関先で泣いていた記憶があります。
本当に朝早くから夜遅くまで働きづめの両親でした。

冬になると父は出稼ぎに。11月くらいに収穫したものをお米にして、翌年3月まで行っておりました。
いくら働いても楽にならない暮らし・・・社会の矛盾を感じるようになりました。

國學院大學へ入学

私は小学生に入るくらいの頃から、学校の先生になりたいと思っていました。

そもそも國學院大學に入るきっかけになったのは、中学校2年生の時に読んだ住井すゑさんの「橋のない川」という小説です。こんな部落差別というものがこの世にあるのかと衝撃を受け、いつかこの勉強をしてみたいと思っていました。

大学を受ける際、教職課程があり部落研究会のある大学を探したら、國學院大學にいきあたりました。高校の就職担当の先生が「國學院なら大國魂神社に就職しながら通える」と勧めてくれ、働きながら通える夜間の二部に入学しました。
入学して、大國魂神社に就職。2年間、神社の巫女をしました。
お札やおみくじを売ったり、結婚式の三三九度の給仕をしたり、5月の例大祭である「くらやみ祭」に参加したり、楽しかったです。

部落研究会へは、大学に入ってすぐに入会しました。こういう社会科学的なサークルというのは、あまり自分から入る人は少ないんですよ。
ここで社会のしくみを学んだことが今の仕事にも繋がっていますし、私の原点ですね。
日本共産党に入党するきっかけにもなりました。

就職、結婚

大学卒業後、防災会社に就職し、そこで夫と知り合いました。私が加わった労働組合の役員をしている人でした。
私から「いいなぁ」と思って、他の役員の方を通じて「みんなで飲みに行かない」と誘い、付き合うようになりました。
私27歳、夫28歳で結婚。3女に恵まれました。私自身3姉妹だったので、女系なんですね。

都議、そして狛江市議として

1997年、39歳のとき都議選に出てほしいと言われ、ちょっと悩みました。私の年代の都議が少なく、中堅世代の子育てや教育の要求を実現させたいと思い、立候補しました。

その後、狛江で市政を発展させ、矢野市政を支えるためにも市議会に出てくれないかと要請され、2007年の狛江市議選に出馬。
現在、3期目の途中、11年目となります。

家族、趣味

娘3人はみな独立しました。長女に男の子が生まれ、私はおばあちゃんに。孫はいま4歳なんですけど、特別に可愛いですね。

映画は恋愛ものからアニメまでいろんなジャンルを観ますが、怖いホラーとか暴力的なのは苦手ですね。
最近は、「羊と鋼の森」というピアノ調律師が主人公の映画を観ました。ピアノの調律に色々な音色があると思い、とても良かったです。

生け花は草月流の師範。看板をもらっているので、教えようと思えば教えられます。

あらゆる差別をなくしたい

誰もが尊厳を持って生きられる社会をつくる、差別を解消したいという強い思いで一貫して活動してきました。
互いの尊厳を認め合う、互いの違いを認めあう意識が社会に根付けば、違う世の中になる。人権が守られる社会になると思っています。

それだけに前市長のセクハラ問題はぜったいに許せないという思いです。

前市長のセクハラ問題を追及する中で

前市長のセクハラ問題に多くの市民が心を痛めています。
問題が発覚してから、私は超党派の女性議員で有志の会をつくり、前市長の辞職を求めて活動してきました。

そして、多くの市民の方が立ち上がり、声を挙げる中、ついに市長は辞職しました。

その後です。今回の問題を一緒に追及してきた女性議員の皆さんから、「市政の立て直しを」と市長選への出馬要請を受けたのです。

大変驚き、悩みました。しかし、セクハラ問題で傷ついた市政への信頼を取り戻したい、私がこの6年間で経験した、前市政の元での市民参加や福祉の後退をなんとしても取り戻したい。
前市政が中止してしまった中央図書館・公民館の拡充をぜひ実現したい。

――こう思い、決断しました。

セクハラ・パワハラをはじめジェンダーの問題、LGBTのことなどあらゆる差別をなくすため、トップダウンではなく、市民の皆さんと一緒に狛江にあったやり方で取り組みたいと思います。

希望の持てる明るい狛江をつくりたい

出馬を表明して以来、市民の方々から本当にたくさんの応援をいただいています。
みんな心を痛めているのです。

だからこそ、私はこの狛江で、新しい希望、輝く未来を皆さんと一緒につくりたいと思っています。

ぜひ力をあわせましょう。

プロフィール

●氏名:田中とも子
●住まい:東京都狛江市西和泉
●生年月日:1957年9月12日(60歳)
● 趣味:映画鑑賞、読書
● 家族:夫と三女

略歴

● 山形県飽海郡松山町(現酒田市)生まれ
● 県立酒田西高校、國學院大學文学部文学科卒
●1976年より2年間、府中の大國魂神社に巫女として勤務
●防災関係の民間企業勤務
●1997年より北多摩三区都議会議員を1期4年
● 2007年より狛江市議会議員3期11年
● 市議会社会常任委員長、副議長、決算特別委員会副委員長、都市計画審議会委員などを歴任

[参考]狛江歴代市長
初代 冨永和作 1970年~1972年
2~4代 吉岡金四郎 1972年~1984年
5~7代 石井三雄 1984年~1996年 6月 辞職
8~11代 矢野裕 1996年7月7日~2012年7月6日
12~13代 高橋都彦 2012年7月7日~2018年6月4日 辞職

(Wikipediaより)

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